オースターとカポーティ
大学は試験が終わって、全然人がいなくなりました。図書館も閉まってます。僕はなぜかその閉まった図書館の中に入っていて、論文を書いています。
人のいない図書館って、いいですねー。人のいない静けさに、無数の読まれない本が静寂さを加えています。外は雪が降っています。でも、寂しい静けさではないです。本当の寂しさはNYの地下鉄の中に転がっているペットボトルや新聞紙の中にあります。
僕は勉強するつもりだったんだけ、なぜか小説を読んでいます。カポーティの「ティファニーで朝食を」
かなり前に一度読んだのですが、舞台がニューヨークなので、もう一度読みたくなって、買ってきました。サードアベニューを、51ストリートに向かって歩いていきなんて、日本では読み飛ばしてましたが、今では、ああ、あのあたりか、高級住宅街ね、なんて、土地勘が働くようになってより面白く読めました。
ニューヨークと言えば、僕の中では、ポール・オースターです。でも現代英米文学を大学で勉強したという人に聞いたら知らないと言われ、かなりショックでした(ついでに、ジョン・アーヴィングも知らないと言われて、かなり唖然としましたが)。学問的地位は高くないんですかね、でもすごくいいですよね、ニューヨーク三部作がありましたね。「シティオブグラス」「鍵のかかった部屋」そして、傑作「幽霊たち」
最新作「The Brooklyn Follies」、読みましたが、軸となる話がなく、エピソードの寄せ集めであんまり面白くなかったです。オースターと言ったら、あの「偶然の音楽」のように、ドライブ感というか、前へ前へと前のめり的にストーリーが進んでいくのが面白かったのに。
最近、ラジオかテレビで、感動した話を募集して、1冊の本にするっていう企画やりましたよね、僕はそれは読んでいないのですが、その影響が残っているんじゃないでしょうか。
もちろん、1個1個のエピソードはさすがオースターという感じです。一つ例を挙げると、何十年ぶりに母親と再会するために空港に迎えに行こうとしたら、急患が入って、医者の息子は迎えに行けない。だからタクシーで来るようにと伝えてもらったら、そのタクシーが事故って、息子が病院をとうとう出ようとしたら、もう一人急患が運ばれてきて、またかと思っていたらそれが母親だったという話も、僕が説明したらなんにも面白くないと思いますが、すごくよかったです。
でも、軸がないと・・・
あと、印象的だったのは、出だしです。オースターって、絶望が一方にあって、他方になぜかお金がたくさんあるという出だしが多いですよね。
離婚して絶望しているけど、親が死んで大金を相続した、お金がなくなるまで何でもやってやれというところから、いろんなトラブルに巻き込まれていくみたいな
今回もそうなんですが、絶望が、癌が発見されたということなんです、お金はあるけど死に場所を探してブルックリン(オースターが実際に住んでます。僕は家をいつか見に行きたいと思ってます、ミーハー)にやってくるという始まりです。
離婚じゃなくて癌というところがやっぱりオースターも年とったなあと思ったのは僕だけでしょうか。
そのうち柴田元幸さんの翻訳が出ると思うので、よかったら読んでみてください。
もっと書きたいところですが、今23時半で家にいるのに、なぜかカラオケに呼び出されたので行ってきますー
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント